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東京地方裁判所 平成9年(ワ)23233号 判決 1998年9月29日

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

山下幸夫

中村秀一

佐藤康則

石川勝利

被告

株式会社文藝春秋

右代表者代表取締役

安藤滿

右訴訟代理人弁護士

喜田村洋一

林陽子

主文

一  被告は、原告に対し、金一五〇万円及びこれに対する平成八年六月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

一  請求

1  被告は、原告に対し、一五〇〇万円及びこれに対する平成八年六月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、週刊文春誌上に別紙一記載の謝罪広告を同記載の条件で一回記載せよ。

二  事案の概要(1ないし3は、当事者間に争いがない。)

1  平成八年五月八日未明、米国カリフォルニア州サンデイエゴ市ラホヤ地区の自宅前で、カリフォルニア大学サンデイエゴ校の医学部教授甲野太郎とその娘春子が何者かに射殺される事件(以下「甲野教授射殺事件」という。)が発生したが、原告は、甲野教授の妻であり、春子の母親であった者である。

2  被告は、出版等を主たる目的とする株式会社であり、「週刊文春」を毎週一回全国に発行している。同誌の発行部数は公称約七三万部である。

3  被告は、甲野教授射殺事件に関し、週刊文春に四週連続で別紙二ないし五記載の記事(以下「本件各記事」と総称し、個々には、別紙二の記事を「第一記事」と、別紙三の記事を「第二記事」と、別紙四の記事を「インタビュー記事」と、別紙五の記事を「グラビア記事」という。)を掲載、頒布した。

別紙二 平成八年五月二三日号(五月一六日発行)(甲一)

別紙三   〃 五月三〇日号(五月二三日発行)(乙一)

別紙四   〃 六月六日号(五月三〇日発行)(乙二)

別紙五   〃 六月一三日号(六月六日発行)(甲二)

4  本件は、原告が、本件各記事のうち、第二記事、インタビュー記事及びグラビア記事により名誉を毀損され、プライバシー及び肖像権を侵害されたとして、請求記載の損害賠償及び謝罪広告を求めたものである。

5  原告が問題とする個所は、次のとおりである。

(名誉毀損)

第二記事及びインタビュー記事には、大要、①自宅以外の三軒の不動産の名義が、夫婦共有から原告単有へ書き換えられたのは、原告の離婚の準備のためであった、②甲野教授が研究室の秘書をしていた独身女性のダイアンと共有名義の不動産を所有しており、その後、この不動産は甲野教授の現在の助手が買い取っている、③原告と甲野教授は何年も前から別居状態であるとの事実を摘示することにより、原告と甲野教授とは、甲野教授に愛人問題があったことから夫婦仲が悪く、離婚寸前であったかのような印象を与えるとともに、原告が甲野教授射殺事件に関与する動機を有していることを印象付け、原告が右事件に関与したのではないかとの印象を一般読者に与えるものであり、これにより原告の社会的評価を低下させた。

グラビア記事が扱っている場面は、事前にマスコミ関係者の入場許可時間が指定されていながら、当該写真記者がこれを無視して立入禁止場所に侵入して原告を撮影しようとしたため、原告がルールを無視した当該写真記者に対して抗議の行動を取った場面であったにもかかわらず、グラビア記事はそのような場面であることに一切触れず、ことさらに原告が写真記者の腕をつかんだことだけを強調して記載し、その場面の写真に、「一瞬の激情」という大見出しを付けることにより、原告が興奮すると何をしでかすか分からない人物であるかのような印象を与え、既に、当時マスコミによって流布されていた原告に対する疑惑のイメージをさらに増幅させ、原告が甲野教授射殺事件に関与した疑惑があるとの印象を一般読者に与えており、これにより原告の社会的評価を低下させた。

(プライバシー侵害)

① 原告の実名、年齢を記載したこと

② 原告の実家が山梨にあり、会社を経営していることを公開したこと

③ 原告夫婦が自宅以外に三軒の不動産を購入していたことやその不動産の内訳、その購入金額及び管理方法等の事実を公表したこと

④ 右三軒の不動産名義について夫婦共有から原告単有へ変更された事実を公開したこと

⑤ 原告の事件当時のフランスにおける行動やそれ以前の原告の行動形態を公開したこと

⑥ 甲野教授の葬儀の際における原告の動静を公表したこと

⑦ インタビュー記事中において、事実に反する又は誤った印象を与える私的事項を公表したこと

(肖像権侵害)

第二記事、インタビュー記事及びグラビア記事に掲載された原告の顔写真は、追悼式及び葬儀の際に原告に無断で撮影され、かつ、原告の承諾なしに掲載されたものである。

ことに、被告が、グラビア記事に原告の写真を掲載した目的は、一般読者をして原告が犯人かも知れないという印象を与えるためであり、原告のマスコミに対する憤りを伝えようとしたものではない。

いずれにしても、葬儀という事の性質上、最も静謐さが要求される場面において、時間的にも撮影が禁止されていた式場内で原告を無断で撮影し、しかも本文記事中においても場面状況を誤って伝え、原告の承諾を得ずに掲載したのであるから、原告の肖像権を侵害することは明らかである。

6  被告は、次のとおり反論した。

(一)  甲野教授射殺事件は、日本でも大きく報道されたが、この事件が公共の関心事であり、公共の利害に関するものであることは明らかである。

週刊文春が右事件を報じたのは、この事件に対する国民の強い関心に応えようとしたものであり、その中で原告について触れたのは右事件に対する理解を深めようとしたためである。被告は出版社であり、原告とは何の関係も有していないのであって、原告を中傷、誹謗する意図は全くない。現に、インタビュー記事は、原告に対する単独インタビューの結果をまとめたものであり、その主張を四頁にわたって詳細に報じたものである。被告に原告を中傷しようとする目的がなかったことはこの点からも明らかであり、本件各記事が専ら公益を図る目的に出たものと評価されるべきは当然である。

(二)  また、プライバシー又は肖像権の侵害については、その対象が公共の利害に関する事実に係るものである場合には、成立しないと解される。なぜならば、プライバシーや肖像権等の利益は個人の人格を保護するものであるが、これらの個人的利益は絶対無制限に認められるものではなく、公的な利益が優先される場合がある。そして、ある事項が「公共の利害に関する」場合とは、正に当該の事項が個人の私的な情報に止まるのではなく、社会的な意味を持ち、公共の検討の対象たり得るものになっている場合を指すのであるから、このようなときには個人のプライバシー又は肖像権が制限されても止むを得ないと考えられるのである。

(三)  本件各記事は、甲野教授射殺事件について連続して報じたいわゆる連載記事であり、連載記事の場合には、その内容が名誉を毀損するか否かの判断に当たっては、当該連載記事の全体を考察の対象とすべきである。そして本件各記事を全体として見れば、一般読者が原告と甲野教授との夫婦仲が悪く離婚寸前であったなどと理解し、原告が甲野教授射殺事件に関与していたなどと理解することはあり得ない。

このことは、捜査当局の見方を紹介した次の記述からも明らかである。

最初に、第一記事では、「あらゆる可能性を含めて、捜査中である」とのみ報じ(原告の関与については示唆もしていない)、次に、第二記事では、「サンデイエゴ市警は、花子夫人を事件とは無関係と見ている」として原告が容疑の対象になっていないことを明白にしている。最後にインタビュー記事では、捜査に当たるサンデイエゴ市警殺人課グレン・ブレイテンステイン警部の話として、「現段階では誰も容疑者として挙がっていない。市警は花子さんを容疑者として疑ってはいない。事情聴取に協力的だし、犯行に加わった証拠がないからだ。今はそれしか言えない。」と記述し、捜査担当者の口から原告は容疑者として疑われてすらいないことを明らかにしている。

(四)  原告がプライバシー侵害と指摘する情報(原告の実名、年齢、原告の実家が会社を経営していること、三軒の不動産名義を変更したこと等)の多くは、そもそも他人に広く知られているか、一般人が容易にこれを知ることができるものである。インタビュー記事は、原告が丹羽記者の取材に応じた結果をまとめたものであるが、原告は、インタビューにおいてこれらの情報を自ら積極的に開示している。この取材の過程で、原告は、書いてほしくない事項についてはその旨注意し、その結果、インタビュー記事には原告が書かないでほしいと言ったことは書かれていない。このことは、原告自身、これらの情報を他人に知られたくないと思ってはいなかったことを示している。したがって、これらの情報は、一般人の感性を基準にしても、原告自身の感性を基準にしても、他人に知られたくないものではないのであるから、これらの事項がプライバシーとして保護されることはない。

また、原告は、社会の耳目を集めた殺人事件の遺族という立場にあり、社会的な関心の対象になっていたのであるから、原告に関する情報中、この事件を報じる上で相当と考えられるものを報じることは社会的に許容されていると言うべきである。

(五)  第二記事及びインタビュー記事に掲載された原告の写真は、追悼式に出席した原告をWWP(ワールドワイド・フォト)という写真配給会社が撮影し、配給したものである。そして、写真の内容も、追悼式という多数の参加者を前に原告がマイクを前にしているところであり、原告にとって格別公開を欲しないような態様のものではない。

したがって、このような写真が掲載されることは、射殺事件に巻き込まれたという受動的な形ではあれ、社会的な関心の対象となった原告として受忍すべき範囲内であり、原告の肖像権を侵害するものではない。

(六)  グラビア記事に掲載された原告の二枚の写真の内、最初の写真は、告別式での原告の姿をそのまま撮影したものであり、この姿は約一五〇人の参列者にも見られていたところであり、その情景は一般人にとって格別に公開を望まない態様のものではない。二枚目の写真は、原告がカメラマンの腕をつかんだ場面を撮影したものであるが、原告のマスコミに対する怒りが強いことを読者に伝える上で相当なものである。

原告は、二枚の写真が隠し撮りされたと主張するが、両方とも撮影が禁止された時期、場所で撮られたものではなく、適法に撮影されたものである。

原告は、夫と娘が射殺されるという社会的に高い関心を呼んだ事件の遺族であり、このような形で事件に巻き込まれた原告自身も相当の社会的関心の対象となっていた。したがって、告別式における原告の動静は報道する価値があると考えられたのであり、原告の肖像権を侵害するものではない。

三  争点に対する判断

(名誉毀損について)

1  最初に、本件各記事は、四週連続で甲野教授射殺事件について報道したものであるが、内容的には最初の三つが連載記事の体をなしており、最後のグラビア記事は前三者とは連動していない(乙六、証人吉田尚子)。したがって、名誉毀損の成否を検討するについても、前三者は一体として検討し、グラビア記事については別個に考察する。

2  第二記事及びインタビュー記事について

第二記事は、主として、甲野教授射殺事件をめぐる二つの謎を取り上げたものである。一つは、甲野教授の金と不動産(サイドビジネス)についてであり、もう一つは、事件発生当時原告がフランスのニースに滞在していたことについてである。

前者については、甲野教授が自宅以外に三軒の貸屋を所有していたこと、右貸屋の管理は原告が行っていたこと、有貸屋については、平成七年九月八日付けで夫婦共有から原告単有へ名義が変更されたこと、甲野教授は、さらに研究室の元女性秘書と共有名義でコンドミニアムを所有していたが、これを現在の助手に売却したことを摘示しているが、いずれも事実である(乙八)。第二記事は、右事実のうち、「甲野教授が元女性秘書と共同所有していた家」を見出しとして掲げたため、見出しだけを見ると、甲野教授と元女性秘書との間に愛人関係があったかのような誤解を招くが、本文記事中にはそのような記述はない。

後者についても、「花子夫人『ニース滞在の謎』」を小見出しとして掲げたために、これだけを見ると原告に疑惑があるかのようであるが、本文記事の結論としては、「花子夫人のニースでの行動に不自然な点はなかった」とされている。そして、第二記事は、末尾部分で、「サンデイエゴ市警は、花子夫人を事件とは無関係と見ている」ことを明記している。

インタビュー記事は、第二記事が二つの謎とした点を中心として原告自身の弁明を記事にしたものであるが、記事中に原告が甲野教授射殺事件に関与したことを疑わせるような記述はなく、かえって、末尾に、捜査に当たる担当警部の話として、「市警は、花子さんを容疑者として疑ってはいない。事情聴取に協力的だし、犯行に関わった証拠がないからだ。」ということを記述している。

最後に、第一記事は、甲野教授射殺事件の第一報としての位置を占めるものであるが、ここでは、原告が日本人記者団と会見し、甲野教授との別居の事実がないこと(「別居なんかしていません」との小見出しを付けて)金銭トラブルはなかったことを記述している。

以上、第一記事からインタビュー記事までを通覧すれば、原告が甲野教授射殺事件に関与したのではないかとの印象を一般読者に与えるおそれはなく、第二事件の見出しは誤解を招くおそれがないではないが、これにより直ちに原告の名誉を毀損するとは認められない。

3  グラビア記事について

グラビア記事は原告の二枚の写真が記事の主要部分を構成している。一枚目の写真は告別式に出席した原告の姿であり、二枚目の写真は、マスコミの無責任な報道に対する抗議の手紙を渡すべく、原告が偶々至近にいたカメラマンの腕をとった場面を撮影したものである(乙六、証人吉田尚子)。

グラビア記事は、「告別式でみせた、未亡人『一瞬の激情』」という見出しを付けているが、グラビア記事が発行された当時、原告には一部のマスコミにより疑いの目が向けられていたことに照らすと、この見出しは、一般読者をしてひょっとして原告が真犯人ではないかという誤解を招きかねず、この見出しが悲嘆にくれる原告の姿を写した写真に付されていることによりそのおそれが一層増幅されている。被告は、この見出しは、原告のマスコミに対する憤りの強さを端的に示すものであって、本文中の記事との間にそごはないと主張するが、当時原告が置かれていた状況(被告は、インタビュー記事のサブタイトルとして「私はシロなんです」を掲げている)に照らし、採用できない。

右見出しは、右のような誤解を招くおそれがあり、原告の名誉を毀損するものといえる。

(プライバシー侵害について)

証拠(甲三、五、乙五、七、証人石井謙一郎、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成八年五月二三日、突然、原告宅を訪問した丹羽記者らの取材要請に応じ、約八時間にわたりインタビューに応じる形でインタビュー記事に掲載された事項について自ら弁明したこと、この際、原告は、それまでに週刊文春誌上に第一記事及び第二記事が掲載されていたことを知らなかったこと、原告は、右インタビューの席上、記事にしてほしくない事項についてはその旨注意し、このため、インタビュー記事中には原告が欲しない事項は含まれていないこと、原告は、後日、週刊朝日の取材要請にも応じ事件との係わりについて弁明したこと、甲野教授射殺事件は、その衝撃性から社会の耳目を集め、事件発生当時原告がフランスのニースに滞在していたことも手助って臆測を呼び、原告を犯人視する一部マスコミの報道により原告は渦中の人とされていたことが認められる。

原告がプライバシー侵害と指摘する事項のうち、⑥を除く情報は、右事実によれば、原告が自ら開示した情報であること及び甲野教授射殺事件は、犯人の手がかりが少なく謎の多い事件とされていたため、残された遺族である原告に対し、一部のマスコミが疑いの目を向け、原告が渦中の人となっていた当時の状況にかんがみれば、⑥を除く情報が原告のプライバシーを侵害するとは未だ認められない。

次に、⑥の情報は、告別式における原告の動静を開示するものであるが、原告の行動に通常人のそれと較べて格別変わった点はなかったこと、当時原告が置かれていた前叙のような状況に照らせば、原告において甘受するほかなく、プライバシー侵害とは未だ認められない。

(肖像権侵害について)

第二記事及びインタビュー記事に掲載された原告の写真については、前記被告の主張6(五)のとおりと認められる(乙一、二、原告本人)。

次にグラビア記事に掲載された原告の写真について検討する。

証拠(甲三、一一、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、告別式は当日(平成八年六月一日)午後一時から執り行われたが、報道陣に対する写真撮影は同日午前一一時から正午までの間と指定され、正午過ぎ以降はマスコミ関係者は告別式会場から退席することとされたこと、しかしながら、告別式参加者の出入りのため、入口の戸が解放されていたため、一部のマスコミ関係者が規制を無視して会場内に立ち入っていたこと、二枚目の写真は、原告が午後〇時半ころ告別式会場へ入場するため建物内へ入り、通路上で、偶々近くにいたカメラマンに対し、マスコミに対する抗議の手紙を交付するべく、その腕をとった場面を撮影したものであり、一枚目の写真は、告別式において悲しみに沈む原告の姿を開放されていた入口の戸付近から撮影したものであることが認められ、右認定に反する乙六、九、証人吉田尚子の証言は甲一一に照らしたやすく信用できない。

右事実によれば、右二枚の写真は、原告の意に反して撮影されたと認められるし、ことに一枚目の写真のように悲しみにうちひしがれた姿を他人に公開されることは通常誰も望まないところであることに照らせば、原告が当時渦中の人であったことを考慮しても、このような写真を掲載することについて原告の承諾がない以上、原告の肖像権を侵害するというべきである。

(損害について)

以上のとおり、被告は、原告の名誉を毀損し、その肖像権を侵害したことにより原告が被った損害を賠償すべきところ、その損害の額は、本件不法行為の態様、これにより原告が受けた打撃、週刊文春の発行部数その他本件に顕れた一切の事情を勘酌し、弁護士費用を含めて一五〇万円と認定するのが相当である。

そして、本件不法行為の態様にかんがみ、謝罪広告の必要までは認められないから、右請求は棄却する。

(結論)

よって、原告の請求は、主文第一項の限度で理由があるから、右の限度で認容する。

(裁判官髙柳輝雄)

別紙一 謝罪広告<省略>

別紙二〜五 記事<省略>

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